京大卒・元Vリーガーのバレーボールつぶやき

Vリーグで4年間バレーボールしていました(東京ヴェルディ・千葉ゼルバ). 1987年生まれの194センチで、大学は工学部で土木が専門でした。 得意なプレーはブロックで、V3でブロック賞の受賞経験ありです。 社会人になった当初はクラブチームでバレーしていました。 バレーボールを中心に思ったことつぶやきます。

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33歳にしてバレーボールチーム・東京スリジエになぜ加入したのか

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東京都千代田区に拠点を置くチームとして「東京スリジエ」が発足しました。

 

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自分自身、昨年5月に東京ヴェルディを退団して、その後手術を経て、今回本チームに加入することにしました。

1年以上のブランクがありながらなぜ加入することにしたのか、チームへの期待含めてつらつらと書いていこうかと思います。

 

 

改めて自己紹介(球歴)

ちょっと長いので知ってるよって方は飛ばしてください。

 

東山高校

 ↓

京都大学

 ↓

NUDE(千葉・クラブチーム)

 ↓

千葉ゼルバ(地域リーグからV3まで)

 ↓

東京ヴェルディ

 

詳細は割愛しますが、中学3年からバレーを始める。

当時から190㎝を超えていたため、期待されていましたが、期待にこたえられなかった高校時代でした(京都府準優勝が最高成績)。

OBで元全日本、元中央大学監督で現在東山高校でコーチをされている松永さんやこちらもOBで実業団引退後、超人気のうどん屋さん「山元麺蔵」の店主山元さんなど、

色んな人にご指導頂き、今でも感謝がつきません。

それでもなかなか上手くならず不甲斐ない高校時代であったなと今でも思います。

ちなみにこの当時はサイドアタッカーでした。

 

その後京都大学へ進学。模試ではずっとE判定でしたが、滑り込みで合格。

体育会バレー部に入部、主に関西3部リーグに所属(一度だけ2部に昇格したが、翌季に3部降格)していました。

1年生冬にルーズショルダーによる肩の手術済み(リハビリ半年)、3年生夏にミドルブロッカーに転向しました。

この転向が運命の分かれ目でしたね。

当たり前のように留年し、5年生ではコーチを務めました。

 

バレーと関係なく、一般的な就活の末、無事内定し、2011年4月に上京。

バレーを本気でやるつもりは到底なかったが、高校時代に練習試合していた同級生に偶然遭遇し、NUDEに加入することに。

クラブチームの全国大会であるクラブカップに毎年参戦(最高成績ベスト4)するなど、大学時より高いレベルでした。

鵠沼海岸でビーチバレーも始めるも難しさに直面しました。

 

そんなこんなしているうちに千葉でVリーグを目指すチームをつくろう、それには母体がいる、NUDEにしようという謎の流れに巻き込まれ、いつのまにか千葉ゼルバが発足し、同時に加入。

ゼルバの活動が中心となりビーチバレーからも離れました。

地域リーグ2年を経て、Vリーグ参戦、3年間V3に所属しました。

個人としては3年目にブロック賞を受賞するもチーム運営体制が苦しくなり地域リーグに降格。

 

せっかくなのでもう1年ぐらいVリーグでやりたいという想いがあったところ東京ヴェルディからお誘い頂き2018年6月に加入しました。

リーグに向けて夏に肩の負傷、リーグ1週間前に足首負傷し、思ったように練習できず苦しいシーズンを過ごしました。

リーグ後の診察結果、足首の負傷が思わしくないことが判明したこともあり、引退を決意。

 

引退後に診察したところ状態が芳しくなく2019年7月に足首を手術しました。

 

足首の負荷の軽いビーチバレーを引退後に主におおもりの浜で活動するSand Blockで緩やかに再開。

のんびりとバレーに関するブログも開始し、呼ばれたら試合や練習に参加するという助っ人外国人スタイルでのんびりとしていたところ、新チーム発足の話をもらい加入するとにしました。

 

なぜ加入することにしたのか

 

千代田区のチーム

就職したのが千代田区の会社、東京に最初に住んだのが千代田区ということで、なにかとご縁がありました。

そんななか今回の話が舞い降りてきました。

これが他の市区町村であればそこまで前向きにならなかったかもしれません。

何事もご縁だなぁと感じました。

 

社会人になって続けられる場の提供

関東だけでも大学リーグは9部まであり、100チームをこえます。

全国の数は数えていませんが250チームぐらいはあってもおかしくありません。

1学年8人だとすると毎年2000人の男子バレーボーラ―が社会人になっていきます。

Vリーグのチームに入るのは本当にごく一部でほとんどの人は普通に社会人になります。

そんなVリーグには入れなかったけど、まだちゃんとしたチームでやりたいという若者に対して、続けられる環境をつくりたいという思いがあります。

球歴で紹介したように自分自身も偶然クラブチームに入ったことで今も続けることが出来ています。

就職したからやめないと続けられない、続けづらいという環境を少しでも改善できればいいなと思っています。

 

選手としてまだ続けたかった?

前チームを退団する際にやりきった感が強かったので、いつか再度復帰したい想いが強かったわけではありません。

むしろ復帰後に練習してトレーニングを再開するのが億劫なぐらいでした(笑)

そんな状態でもチームに入ってほしいと言われたのは一番の動機かもしれません。

バレーに限らず求められるというのはありがたいことです。

 

 

チームへの期待

 

チームの一員でありながらも勝手ながらチームへの期待も書いておきます。

 

固定概念を取り払う

「バレーチームはこうあるべき」「練習でこんなことをするのはおかしい」「強くないのにそんなことはまだまだ早い」などなど、選手、関係者、ファン自身がバレーに長く触れているほどバレー界の固定観念が身に沁みついている可能性があります。

そんな固定観念を振り払って、様々な取り組みを実施していきましょう。

どんな施策がいいのかは当然ながら不明ですので失敗を恐れずに「やってみなはれ」の精神で試行試行試行錯誤していきましょう。

 

様々なパートナーの模索

様々な形でチームを支援してくれる方々がいますが、個人的にはスポンサーではなく、パートナーだと思っています。

チームは媒体であって、それに関係する人、企業がなにかしらを提供して、なにかしらを享受できるような仕組みにしていければと思います。

いわゆるファン、資金提供者、物品提供者などなど関係する人、企業は全てパートナーです。

なんならスタッフ、選手もパートナーだと思っています。

 

そんなパートナーも今までの形だけではなく、様々な形を模索していきましょう。

似顔絵描く人、音楽弾く人、大食いの人、おしゃれな人などなど様々な技術、知識、商品を持った人、企業とどのようなコラボができるのか、そんなことを模索できれば面白いはずです。

なんならその人、企業の技術、知識、商品をどのように活用するかと一緒に考えるようなパートナーになれればと思います。

大前提としてチームに興味をもって一緒にやりたいと思ってもらえることが大切ですので、魅力あるチームにしていくことが必要です。

 

最後に

まだまだ出来たてほやほやのチームですので温かく見守って頂けると幸いです。

パートナーは随時募集していますので、ご興味ある方はチームのSNSにご連絡の程よろしくお願いします。

東京スリジエ (@tokyo_cerisier) | Twitter

 

私に相談してみたいという方がいらっしゃれば遠慮なくご連絡ください。

そ ー (@sou75) | Twitter

 

 

www.so-san.com

 

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